2011年04月09日

震災、原発、選挙!

今回は厳しい事、書きます!

震災と原発で、政権与党の民主党がアタフタしてる最中、戦後60年間、コンクリートと原発政策で国民を騙し続けてきた嘗ての与党(●●党)は、大嘘がばれたにもかかわらず、『国難我知らず』と、国民を蔑ろにした姿勢で国政選挙に望もうとしている。
国難を乗り切るために、政党のボーダーを超えて協力要請した民主党に、『ノー!』と国民を馬鹿にした返事をする●●党に、皆さんはまだ投票しますか?
これ以上『何も知らないから・・・』と言ってては、自分の子どもや孫達に対する『罪』ですよ!
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2011年03月26日

3.11石巻10

夕方に新潟からのジャンボタクシーが到着し、仙台を離れ、夕焼けの中を新潟へ向かった。流石に皆は安堵したのか、車中は静か。
新潟に近づいてくると、あちこちに残雪が残る中、車窓からの景色には地震の爪痕が至る所に映し出されてきました。改めて震災の凄さに圧倒されました。
うとうとの中、運転手が「あと1時間ぐらいで新潟に到着しますが、皆さんお腹すいてますよね。途中の店かコンビニに寄りましょうか、それとも新潟に到着してからにしますか・・・」と聞いてきたので、もちろん、開いている店があるなら寄ってください!と・・・
間もなく、コンビニを見つけ入ったものの、品物がほとんどない!それでもすぐに食べられる物を買い、外で立ち食い。食べられることの幸せ。ホッとしました!
新潟に到着し、コンビニで下着を買い、ホテルで風呂に入り、またまた、幸せ!
その後、近くのお蕎麦屋さんで飲んだビールとお蕎麦の味は忘れられません!!!
翌朝の14日に、新幹線でようやく東京に到着。
東京駅に着いた時に、駅構内を歩いている人たちがあまりにも普通なのにびっくり!何か、昨日までのことがウソのような錯覚に襲われ、浦島太郎状態で中央線のホームに行き、電車を待っている最中に、携帯電話の緊急地震速報が一斉に鳴り、ホームが揺れ始めた。
『夢じゃなかったんだ・・・』と、現実に戻され、またまた、あの景色が目の前に浮かび、思わず夢で逢ってほしかった…と心の中で祈っていました。

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3.11石巻9

翌朝、食べ物と移動の足を求めて街中を歩くと、コンビニの前が何処も大行列。
聞いてみると、仙台に遊びや仕事で来ていて、震災にあい、泊まる所も無い人達の行列でした。
寒い街中にこんなにもの人達が居るのに行政は一体何をしているのか?
また、ホームの天井が落ちたと言って駅のシャッターを閉めてしまうJRの傲慢!
何と言うことでしょう。
食料も移動手段も見つからず、挙げ句、原発事故がエスカレート。八方塞がり。

そんな中、午後になり、コンビニが開き、在庫商品の手売りを始め、ラーメン屋や居酒屋が無料で暖かいスープを配りだし、タイ焼き屋が安売りを始めたり、民間の人々の温かさには頭が下がる思いでした。

我々も、元クミコの事務所にいた方が動いて下さり、庄内空港からの飛行機のチケットを3枚ゲット。
これは何としてもタクシーを捕まえなければ………
駅前で片っ端からタクシーの運転手と交渉するのですが、庄内までの燃料がないと断られる。
それならば、と、タクシーの給油所へ行き交渉し、何とかクミコは東京に帰ることができました。
さて、それでは今度は私らが……?
流石にそれはダメで、結局、またクミコ関係の新潟の方に頼んで、新潟からジャンボタクシーを走らせもらい、ようやくその夜に新潟に移動できました。
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3.11石巻8

さて、石巻から4時間以上かけて仙台市内に到着したものの、市内は暗い!
建物はほとんど壊れてはいないのですが、電気、ガスなどのライフラインがストップ。当然、予約していたホテルは閉鎖。
タクシー以外の全ての交通が止まっていて動きが取れず、宿もなく、寒い……
丸二日間、ロクに水も食べ物も取れてなかった我々に取っては大ショック!

そんな中、リッチモンドホテルがロビーを解放して避難場所にしているのを知り、そこへ移動。流石、ホテルだけあって、暖房が効いていて暖かい飲み物もあり、毛布も貸してもらい、そこで雑魚寝。地獄に佛とはこの事かな?…
「ありがとう!」
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2011年03月24日

3.11石巻7

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翌日、余震が続く中、津波が引いた僅かな間に、地元の方々から情報を頂き、会館の楽屋に置いてきた私物の回収のために下に降りて行った。
が、目の前の町の光景に唖然!!
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会館は舞台まで浸水し、地下の楽屋は天井まで浸水し、とても私物を取れるような状態ではありませんでした。
かろうじて流されていなかった舞台上の道具などを回収し、また、山の上へ戻って行った。
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昼近くになり、今度は脱出の機会を窺いに、石巻大橋まで行き、渡れそうなので対岸まで渡るとほとんどの家屋はまだ、水の中にありました。

帰り道に会館のスタッフに出会い、川の北側の橋が渡れるという情報を聞き、山に知らせに行こうとしてる処へ、車に乗った我が一行が下りてきたのに同乗し、残された方々への負い目を振り切り、橋を渡って、命からがら石巻を脱出した。
仙台に向かいました。
途中、道が陥没したり崩れたりした所もありましたが、順調に進みました。
しかし、ガソリンスタンドの行列にはまいりました。
渋滞と思われる所は全て給油渋滞、その長さは1キロもありました。
そんなこんながあり、何とか仙台にたどり着きました。
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3.11石巻6

夜になり、雪が晴れ、一段と冷え込んできました。
空を見上げれば嘘のような満点の星空。
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天然のプラネタリウムを見ながら、目の前で津波に飲まれた奥さんの事を話す男性。
新築したばかりの家が倒壊し、買ったばかりで名前もなく、まだ乗ってもいない船が、津波に飲まれるのを、ただただ見ているしかなかったあんちゃん。
仕事に出ていて地震にあい、急いで家に戻ったら倒壊していて、居るはずの母と妹を探して山越えをしてきたお兄ちゃん。(この方の妹さんは私らが会館前から連れてきたお嬢さん達の中にいました)
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「ドラム缶 瓦礫を燃やし 暖を取る 見上げる空は 満天の星」

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3.11石巻5

諦めて山の上に上がると、砕石工場があり、工場長がプレハブを提供してくれた。
そこに車の無い女性と子供とお年寄りを避難させ、男達は雪の降っている中で焚火をして暖を取りながら過ごしました。
そんな中で、砕石場の工場長や被災した地元の方々は、津波で打ち上げられた材木を拾って来たり、何処からか発電機も探してきてくれた。
また、僅かな水と食糧をプレハブの女性達に分けて下さったり、本当に頭が下がりました。
地震から3時間位した日暮れ前に町の様子を見に下に降りたら、町の全ての建物が津波に呑まれ、浸水、倒壊している光景が目の前にありました。
とても先程までの長閑な町並みとは想像もつかない、まるで、爆弾でも落ちたような変わり果てた光景。
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私らも命以外の全てを失い、100名位でしょうか、山の上の砕石場で、一晩過ごす事になりました。
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3.11石巻4

5分もあったと思われる揺れが小振りになったので、直ぐに全員で外へ脱出。
更に余震が続く中、車を会館の裏山に移動させ、全員を確認し、裏口から山に登った。
大雪が降る中、振り返れば、会館前に停めていた車が津波に運ばれるのが見えた!
水位がみるみる上がり、車は転倒、水没。
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地元の方がここも危険だと言うので、更に山の上に上がることにした。
その頃には、会館の搬入口の辺りまで水位が上がり、倒壊して流されてきた材木やら何やらで埋め尽くされていた。
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「ボタ雪の 藪道越えて 振り返る 津波にのまれ 街が沈む」
posted by 酔いどれ猫 at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

3.11石巻3

流石に主催者が言うように、かなり古い会館のようで、照明や音響のスタッフはかなり苦しみながら仕込みを続けた。
普段は常駐していない会館のスタッフの協力もあり、ようやく仕込みを終え、さて昼ご飯。
会館のスタッフから、「この2〜3日地震が続いているので、もしもそのようなことになったら、どうするかの打ち合わせをしましょう」と。
●有事の時は、まず、舞台監督さんから避難するかしないかのアナウンスを舞台上でする。
●その後に会館側の避難アナウンスを入れ、お客様と、関係者の避難誘導をする。
このような打ち合わせをしながらも、会館のスタッフは「まあそんなことはないと思いますけど・・・」と、、、
13時頃に出演者が入り、単音チェックが始まり、最後、ピアノのチェックをやっているうちに、私の携帯の警戒警報が鳴った。
地震が来る!!!
これは避難しなければと、声を掛ける間もなく、地鳴りと共に今までに遭遇したことのない縦揺れが始まり、動きが取れなくなった。
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「大地震 舞台が歪む リハーサル レンズが割れて フラッシュライト」
posted by 酔いどれ猫 at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011年03月23日

3.11石巻2

翌朝、200円の朝食を取り、タクシーで会館に向かう。
幅200メールはある〈女川〉を渡ると直ぐに石巻市民会館はあった。
主催のみやぎ生協の高村さんは、クミコさんの公演が終わったらこの会館は壊されます。最後なので、よろしくお願いします。
と、話してくれた。
そういう事だったんだ。じゃー頑張ろう!
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posted by 酔いどれ猫 at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき