2006年08月13日

060813 富士登山!

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先日、53才にして初めて『富士山を歩こう!』ツアーに参加し、富士山頂まで2日間かけて登りました。

初日は、5合目から6時間かけて8合目まで登るコースでしたが、7合目までは嵐でした。7合目を越えてからは雲の上に出たのか?晴れてましたが、今度は風が強く、岩場の崖を飛ばされないように登るのがやっとでした。
8合目にようやく着き、すぐに日没になったので、夕食を食べ、することもないのですぐに就寝。
これがまた、蚕だな?に知らない者同士が前後になりながらのベッド。とても眠れるような雰囲気ではありません。トイレに立つのも大変!。
しかしながら、次の日、頂上でご来光を迎える為に、午前1時に起きて出発しなければならず、何とかうとうと・・・・・

翌朝、午前1時に起き、顔を洗う水もないので携帯の水でタオルを濡らして拭き、完全防寒して、いざ、真っ暗闇の崖を山頂目指して出発。
すぐに、あれ!あれ!大渋滞!
前に出発したグループが立ち往生し、なかなか上に進まず牛歩状態。
ようやく9合目に着き、立ち往生していたと思われる前のグループより先に出発し、今度はと思いきや、またもや牛歩組。追い抜くことのできるようなスペースもなく、仕方なしに、こちらも牛歩、下に着いてくる一行も牛歩。ご来光に間に合うのかな??

そこはよくしたもので、下界は雲がかかっていたので、雲から太陽が顔を出すまでに1時間くらい遅れてくれたお陰で全員セーフ!!
やっと、日本一の山・富士さんの頂上に着いた!!
空気も薄く苦しかった故の感動を噛み締めながらのご来光を待つ。
まだ太陽が雲の中だったので、ゆっくりと準備してのご来光を拝めました。
この時ばかりは『来てよかった!』という全員の笑顔!

その後は疲労困憊の体にエネルギー補給の食事をし、元気がでたところで噴火口を見に行ったのですが、火口から吹き上げてくる風に押し戻されて近くまで行くのがやっとの状態。
それでも踏ん張って火口を観て、その後、小高い部分にある鳥居にお参りをし、ふと振り返って下の方を見ると、食事の時まで一緒だった他のグループはもう下山し始めていました。
何か、今一つおかしいな!

ふと、富士山は世界遺産に登録出来ない程のゴミの山?・・・が頭を過りました。
が『ゴミを持ち帰りましょう!』の看板があちこちにあり、流石にゴミはほとんど落ちていません!
しかしながら、この登山の2日間、私たちは環境保護と言うスローガンの元、ほとんどの休憩所で、水の豊かな富士山なのに、水は使えない!、トイレは有料だし!、休憩所で販売した品物のゴミも回収してもらえない!、おまけに富士登山には不向きな、お遍路さん用の金剛杖を買わされ、各お宿で焼き印(有料)を押して頂くものだから捨てられない。
これが山頂への夜間の難所(岩場を這って登るような場所がほとんど)で非常に邪魔になりました。
あれ!れ! なにかおかしいぞ??
お陰で、登山者は2日間の自分の生命維持の為の食料と水と、そのゴミ、そして、汚れて洗うことも出来ない2日間の着替えと邪魔な金剛杖で、瀕死の状態で下山に追い込まれてしまいました。

頂上でクタクタになり俯いて食事をしている登山者の頭の上を『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、富士登山の記念に○○はいかがですか!』
の声があちらからもこちらからも聞こえて来たひには、ゲッソリでした。

アメ横のバッタ屋じゃあるまいし。

”もうこんなところには来ないぞ!”

話が物凄く飛躍するようですが、本当は、富士山が世界遺産に登録出来なかったのはゴミのせいじゃないのでは?と思った次第です。
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2008年03月25日

湯浅芳子賞!

振り返れば、渋谷のジァン・ジァンから始まった中村まり子さんとの付き合いは、かれこれ30年を超えてしまいました。
その間、こつこつと続けてきた彼女の活動も20年を超えるというのに、その評価にはいつも父である大俳優・中村伸郎の名前が付きまとい続けてきた。そのプレッシャーたるや、我々には計り知れないものがあったことだろう。

昨日、彼女が主宰するパニック・シアターが、湯浅芳子賞・団体賞なるものを頂いた。
彼女と関わってきたスタッフ、キャストの悲願だった受賞!

そして何よりも、ようやく中村伸郎の娘ではなく、パニック・シアターの主宰者「中村まり子」が認知された瞬間でした。

その現場に立ち会えた私は、もしかして幸せ者かも!?と、思い、忘れられない、楽しい!楽しい!一日でした。

まり子さん、おめでとう!

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2008年04月03日

鳳凰軒のお誕生日会



朗読劇「女の一生」の稽古の帰りに、浅草橋の鳳凰軒という中華の店にみんなでご飯を食べによった折、食事も終わり、さて帰りましょうか、と帰り支度をしている中、奥で何やらご家族で食事をしている中の初老の紳士(写真奥の中央の方・Yさん!?)が、「あの方は淡島千景さんですね、一緒に写真を撮りたいのですがお願いできませんですか」と・・・・・
聞けば、今日はこの紳士のお誕生日会だとか・・・・・
それを聞いた淡島さんはすぐに ♪ハッピバースデー〜〜〜〜♪と歌いだしました。
宝塚の嘗てのトップスターの歌に続いて店内は大合唱!
そして無事に、記念撮影ができました。

さて私たちはそれぞれに散会し、私とプロデューサーのN氏が帰り始めたところに、お店の方が駆け寄ってきて、「先ほどのお客様が朗読劇のチケットを買いたいと言ってます・・・・・」
何と、10枚お買い上げいただきました。

Yさんよっぽどうれしかったんですね!
ありがとうございます。
そして、お誕生日おめでとうございます。
忘れられない、記念すべき誕生日でしたね。
続きは劇場でお待ちしていますよ!
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2009年11月29日

長嶺ヤス子「じょんがら」

ダンサー・長嶺ヤス子の次回公演のお得情報があります。

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2010年08月05日

タイガー&ドラゴン

クレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」という曲は、浅川マキの「ちっちゃな時から」と全く同じ曲です。
誰が作曲なのでしょう!
盗作・・・???!
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2010年09月18日

携帯電話の受話音量?

最近、携帯電話で話していて困ることがある。
それは相手の声が小さくて聞こえにくいこと。
音量が小さくて聞こえにくいから、音量を上げてほしいと相手に言うと、他の人と話しててこれで大丈夫だから・・・って。
大丈夫じゃないから言ってるんだよ!
まあ、かけてくる人によってはフルボリュウムにしてる方もいます。
で、相手の声が大きいもんだから、自分のボリュウムを下げたくなるのも解ります。
携帯電話会社にお願い!
携帯電話の通話音量は一定にして、聴き手側の受話音量の調整ができるようにしてほしい。
そうしたらこんなこと言わなくていいのに・・・


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2010年10月05日

すり替え!?

特捜検事の証拠改ざん事件の最中に「小沢氏強制起訴」はどうなの?(是非は別)・・・マスコミ操作にしか見えない。民意のすり替えと思うのは私だけかな?
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2011年03月23日

3.11石巻1

3/10の東京は晴れ。
7日〜11日まである「談春独演会」も4日目なので、他の方に任せて、11日に石巻で行われる「クミココンサート」の先乗りの為、15時頃の新幹線に乗り、仙台で仙石線に乗り換え、石巻に18時頃に到着。
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2〜3日前の地震が気になるのですが、主催者の「大丈夫です」に答えて向かう事にした。
オフシーズンの街は静かで、駅から徒歩10分の元は学生寮だったビジネスホテル「カーサ・デ・コスタ」に向かった。
駅前から5分も歩くと街灯も疎らな淋しい道をてくてく歩き、ようやく到着。
ホッ、、、
隣室の音がつつぬけではあるが、学生寮を思わせる長逗留には最適の広さと大きな棚が置かれた快適な部屋。
もちろんインターネットも使える。
学食スタイルの食事も夕食が600円と、大満足!
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3.11石巻2

翌朝、200円の朝食を取り、タクシーで会館に向かう。
幅200メールはある〈女川〉を渡ると直ぐに石巻市民会館はあった。
主催のみやぎ生協の高村さんは、クミコさんの公演が終わったらこの会館は壊されます。最後なので、よろしくお願いします。
と、話してくれた。
そういう事だったんだ。じゃー頑張ろう!
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2011年03月24日

3.11石巻3

流石に主催者が言うように、かなり古い会館のようで、照明や音響のスタッフはかなり苦しみながら仕込みを続けた。
普段は常駐していない会館のスタッフの協力もあり、ようやく仕込みを終え、さて昼ご飯。
会館のスタッフから、「この2〜3日地震が続いているので、もしもそのようなことになったら、どうするかの打ち合わせをしましょう」と。
●有事の時は、まず、舞台監督さんから避難するかしないかのアナウンスを舞台上でする。
●その後に会館側の避難アナウンスを入れ、お客様と、関係者の避難誘導をする。
このような打ち合わせをしながらも、会館のスタッフは「まあそんなことはないと思いますけど・・・」と、、、
13時頃に出演者が入り、単音チェックが始まり、最後、ピアノのチェックをやっているうちに、私の携帯の警戒警報が鳴った。
地震が来る!!!
これは避難しなければと、声を掛ける間もなく、地鳴りと共に今までに遭遇したことのない縦揺れが始まり、動きが取れなくなった。
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「大地震 舞台が歪む リハーサル レンズが割れて フラッシュライト」
posted by 酔いどれ猫 at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

3.11石巻4

5分もあったと思われる揺れが小振りになったので、直ぐに全員で外へ脱出。
更に余震が続く中、車を会館の裏山に移動させ、全員を確認し、裏口から山に登った。
大雪が降る中、振り返れば、会館前に停めていた車が津波に運ばれるのが見えた!
水位がみるみる上がり、車は転倒、水没。
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地元の方がここも危険だと言うので、更に山の上に上がることにした。
その頃には、会館の搬入口の辺りまで水位が上がり、倒壊して流されてきた材木やら何やらで埋め尽くされていた。
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「ボタ雪の 藪道越えて 振り返る 津波にのまれ 街が沈む」
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3.11石巻5

諦めて山の上に上がると、砕石工場があり、工場長がプレハブを提供してくれた。
そこに車の無い女性と子供とお年寄りを避難させ、男達は雪の降っている中で焚火をして暖を取りながら過ごしました。
そんな中で、砕石場の工場長や被災した地元の方々は、津波で打ち上げられた材木を拾って来たり、何処からか発電機も探してきてくれた。
また、僅かな水と食糧をプレハブの女性達に分けて下さったり、本当に頭が下がりました。
地震から3時間位した日暮れ前に町の様子を見に下に降りたら、町の全ての建物が津波に呑まれ、浸水、倒壊している光景が目の前にありました。
とても先程までの長閑な町並みとは想像もつかない、まるで、爆弾でも落ちたような変わり果てた光景。
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私らも命以外の全てを失い、100名位でしょうか、山の上の砕石場で、一晩過ごす事になりました。
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posted by 酔いどれ猫 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

3.11石巻6

夜になり、雪が晴れ、一段と冷え込んできました。
空を見上げれば嘘のような満点の星空。
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天然のプラネタリウムを見ながら、目の前で津波に飲まれた奥さんの事を話す男性。
新築したばかりの家が倒壊し、買ったばかりで名前もなく、まだ乗ってもいない船が、津波に飲まれるのを、ただただ見ているしかなかったあんちゃん。
仕事に出ていて地震にあい、急いで家に戻ったら倒壊していて、居るはずの母と妹を探して山越えをしてきたお兄ちゃん。(この方の妹さんは私らが会館前から連れてきたお嬢さん達の中にいました)
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「ドラム缶 瓦礫を燃やし 暖を取る 見上げる空は 満天の星」

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3.11石巻7

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翌日、余震が続く中、津波が引いた僅かな間に、地元の方々から情報を頂き、会館の楽屋に置いてきた私物の回収のために下に降りて行った。
が、目の前の町の光景に唖然!!
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会館は舞台まで浸水し、地下の楽屋は天井まで浸水し、とても私物を取れるような状態ではありませんでした。
かろうじて流されていなかった舞台上の道具などを回収し、また、山の上へ戻って行った。
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昼近くになり、今度は脱出の機会を窺いに、石巻大橋まで行き、渡れそうなので対岸まで渡るとほとんどの家屋はまだ、水の中にありました。

帰り道に会館のスタッフに出会い、川の北側の橋が渡れるという情報を聞き、山に知らせに行こうとしてる処へ、車に乗った我が一行が下りてきたのに同乗し、残された方々への負い目を振り切り、橋を渡って、命からがら石巻を脱出した。
仙台に向かいました。
途中、道が陥没したり崩れたりした所もありましたが、順調に進みました。
しかし、ガソリンスタンドの行列にはまいりました。
渋滞と思われる所は全て給油渋滞、その長さは1キロもありました。
そんなこんながあり、何とか仙台にたどり着きました。
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2011年03月26日

3.11石巻8

さて、石巻から4時間以上かけて仙台市内に到着したものの、市内は暗い!
建物はほとんど壊れてはいないのですが、電気、ガスなどのライフラインがストップ。当然、予約していたホテルは閉鎖。
タクシー以外の全ての交通が止まっていて動きが取れず、宿もなく、寒い……
丸二日間、ロクに水も食べ物も取れてなかった我々に取っては大ショック!

そんな中、リッチモンドホテルがロビーを解放して避難場所にしているのを知り、そこへ移動。流石、ホテルだけあって、暖房が効いていて暖かい飲み物もあり、毛布も貸してもらい、そこで雑魚寝。地獄に佛とはこの事かな?…
「ありがとう!」
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3.11石巻9

翌朝、食べ物と移動の足を求めて街中を歩くと、コンビニの前が何処も大行列。
聞いてみると、仙台に遊びや仕事で来ていて、震災にあい、泊まる所も無い人達の行列でした。
寒い街中にこんなにもの人達が居るのに行政は一体何をしているのか?
また、ホームの天井が落ちたと言って駅のシャッターを閉めてしまうJRの傲慢!
何と言うことでしょう。
食料も移動手段も見つからず、挙げ句、原発事故がエスカレート。八方塞がり。

そんな中、午後になり、コンビニが開き、在庫商品の手売りを始め、ラーメン屋や居酒屋が無料で暖かいスープを配りだし、タイ焼き屋が安売りを始めたり、民間の人々の温かさには頭が下がる思いでした。

我々も、元クミコの事務所にいた方が動いて下さり、庄内空港からの飛行機のチケットを3枚ゲット。
これは何としてもタクシーを捕まえなければ………
駅前で片っ端からタクシーの運転手と交渉するのですが、庄内までの燃料がないと断られる。
それならば、と、タクシーの給油所へ行き交渉し、何とかクミコは東京に帰ることができました。
さて、それでは今度は私らが……?
流石にそれはダメで、結局、またクミコ関係の新潟の方に頼んで、新潟からジャンボタクシーを走らせもらい、ようやくその夜に新潟に移動できました。
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3.11石巻10

夕方に新潟からのジャンボタクシーが到着し、仙台を離れ、夕焼けの中を新潟へ向かった。流石に皆は安堵したのか、車中は静か。
新潟に近づいてくると、あちこちに残雪が残る中、車窓からの景色には地震の爪痕が至る所に映し出されてきました。改めて震災の凄さに圧倒されました。
うとうとの中、運転手が「あと1時間ぐらいで新潟に到着しますが、皆さんお腹すいてますよね。途中の店かコンビニに寄りましょうか、それとも新潟に到着してからにしますか・・・」と聞いてきたので、もちろん、開いている店があるなら寄ってください!と・・・
間もなく、コンビニを見つけ入ったものの、品物がほとんどない!それでもすぐに食べられる物を買い、外で立ち食い。食べられることの幸せ。ホッとしました!
新潟に到着し、コンビニで下着を買い、ホテルで風呂に入り、またまた、幸せ!
その後、近くのお蕎麦屋さんで飲んだビールとお蕎麦の味は忘れられません!!!
翌朝の14日に、新幹線でようやく東京に到着。
東京駅に着いた時に、駅構内を歩いている人たちがあまりにも普通なのにびっくり!何か、昨日までのことがウソのような錯覚に襲われ、浦島太郎状態で中央線のホームに行き、電車を待っている最中に、携帯電話の緊急地震速報が一斉に鳴り、ホームが揺れ始めた。
『夢じゃなかったんだ・・・』と、現実に戻され、またまた、あの景色が目の前に浮かび、思わず夢で逢ってほしかった…と心の中で祈っていました。

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2011年04月09日

震災、原発、選挙!

今回は厳しい事、書きます!

震災と原発で、政権与党の民主党がアタフタしてる最中、戦後60年間、コンクリートと原発政策で国民を騙し続けてきた嘗ての与党(●●党)は、大嘘がばれたにもかかわらず、『国難我知らず』と、国民を蔑ろにした姿勢で国政選挙に望もうとしている。
国難を乗り切るために、政党のボーダーを超えて協力要請した民主党に、『ノー!』と国民を馬鹿にした返事をする●●党に、皆さんはまだ投票しますか?
これ以上『何も知らないから・・・』と言ってては、自分の子どもや孫達に対する『罪』ですよ!
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2011年10月13日

放射性物質のばらまき

昨日、世田谷区の弦巻で、福島県飯館村よりも高い放射線量が測定された。
どうして?っていってるけど・・・・
原発事故に駆り出された日雇い労働者が住んでいたんじゃないの?って気がするけど、・・・
着ていた作業着を捨てたとか、洗濯排水が溜まったとか・・・
もうひとつ、立ち入り禁止区域に空き巣に入った連中が住んでるんじゃないの?
これから、あちこちから出てくるんじゃないのかな。
行政の皆さん、東電が雇った原発作業員の住んでる処を調べたほうがいいと思うよ!
山谷で駆り出されたホームレスたちだったらアウトだけど・・・
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2011年10月14日

放射性物質ばらまき

良かった!
世田谷の高い放射線量の原因がわかった。
民家の床下に放置されたガラス瓶の中に入った、工業用(医療や塗装)に使われていたラジウム226が原因だったとか?
でも、誰が何のために放置したのかが問題・・・・・
posted by 酔いどれ猫 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき